タグ:2008年 ( 81 ) タグの人気記事

盧湾区界隈(2)陜西南路:フランス租界の香り

盧湾区陜西南路(シャンシーナンルゥ)は西の徐匯区との境界になりますが、再開発を免れてまだフランス租界の香りが所々微かに残る通りです。
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1930年築の老石庫門建築です。フランス租界地区に住む中国市民のために造られましたが、入り口はやっぱり他と違ってちょっとおしゃれですね。

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陜西南路を歩く。(最後におまけ有り!)
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by haichaolu | 2008-02-26 15:26 | スナップ

「竹の芸術品」は中国版母性愛の結晶か?

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上海市内ではありません。以前郊外の水郷に行った時の撮影です。
竹の芸術品は軽くて夏も蒸れず、きっと母子共に快適でね?
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by haichaolu | 2008-02-25 17:57 | スナップ

宋慶齢物語(4)宋慶齢陵園

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彼女は死後、南京の皇帝陵のような中山陵に夫と埋葬されるより、生まれ故郷の上海で両親の元に静かに埋葬されることを望んだそうです。
ここを訪れてからご紹介する今日まで、上海の歴史の糸を手繰っていると順序が前後して、ずいぶんと時間が経ってしまいました。

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by haichaolu | 2008-02-24 09:31 | 建造物

宋慶齢物語(3)宋慶齢故居

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1949年から北京へ活動拠点を移した1964年以後も「上海の我が家」として過ごした家が、宋慶齢故居として一般公開されています。
参観券に入場時間が刻印されます。(大人15元、学生10元)
その時間になったらガイドが各部屋を案内してくれますので、それまで入り口の小部屋で紹介ビデオを見て待ちます。

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by haichaolu | 2008-02-23 20:13 | 建造物

上海を最初に形創ったユダヤ系一族

和平飯店は現在改装休業中で残念ながら中を見ることはできませんが、1929年竣工の11階建て建物は外灘でも有名な歴史的建造物のひとつです。
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これは19世紀末から20世紀初頭にかけて上海を形創ったユダヤ系英国人サッスーン一族が建設した当時最高の建物でした。

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by haichaolu | 2008-02-22 18:57 | 建造物

上海の「眺めのいい席」

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上海にはこういった巨大な吹き抜け空間を持ったビルが多いです。
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吹き抜けの周りにゆったりとした席があるこの中華レストランは、味も最高で私のお気に入りの一つです。
映画の題名は確か「眺めのいい部屋」でしたか?
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by haichaolu | 2008-02-21 11:19 | スナップ

何ーんだ、こんなんやってんのか。(上海公共バスの広告)

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市内を走る公共バスのほとんどのボディが広告媒体として使用されています。
今日はその張替え現場を撮影できましたが、意外と簡単そうに作業していました。
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by haichaolu | 2008-02-20 18:15 | スナップ

上海人は味千がお好き(逆上陸したラーメンFC)

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上海には既に50店舗以上ある、有名な日本ラーメンのFC店です。
熊本が本店だそうで、1996年香港に開業して成功し、その後中国本土でFC展開しています。
世界10カ国、メニューを見ると中国では既に200店舗を超えたとか。
たまに外で一人お昼を食べる時はメニューも豊富で重宝しますが、いつも混雑して並ばなければいけません。
最安1杯16元のラーメンは地元店の3-4倍の値段ですが、
清潔な店内と優良なサービスで、子供連れの上海人にも人気のようです。
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by haichaolu | 2008-02-19 19:10 | スナップ

鉄は熱い内に打て(趁熱打鉄)上海交通大学(5)

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交通大学の校章にもなっている「飲水思源」のモニュメントで、
「水を飲む時は水源を思う:現在の幸せの根源、人の恩をいつまでも忘れるな」と言う意味だそうです。
後ろは1930年築の第一宿舎で今でも学生寮として使われており、1932年の上海事変では傷病兵病院としても使用され、ここで宋慶麗も活躍しました。
でも、これを見るとどうしても「鉄は熱いうちに打て」と言う諺を思い出しますね。
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1年半で使った教材と「学生証」(学生割引が使える!)を記念に撮影しておきました。
後列は入学前に日本で勉強した(はず?)の教材や、中国で購入した辞書類です。
CANONさんの電子辞書とSONYさんのMP3には大変お世話になりました。m(__)m
熱いうちに打たなかったつけが今頃来ています。
しかし、中国語のレベルはまだまだです。(ーー;)

思い出の追加
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by haichaolu | 2008-02-18 19:30 | 建造物

宋慶齢物語(2)孫中山故居

辛亥革命の後、孫文は1912年南京で中華民国の臨時大統領に就任しました。
宋姉妹の父は印刷業で成功し孫文の革命資金を援助していた関係から、当初長女の靄齢が孫文の英文秘書をしていましたが、彼女の結婚を期に米国留学から帰ったばかりの慶齢がその職を交代しました。
孫文の革命に対する理想を尊敬し、やがてそれが愛へと変わり、父親の反対を押し切って1915年、袁世凱に追われた孫文の亡命先日本で結婚式を挙げました。その時孫文49歳、宋慶齢22歳でした。
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1918年にカナダ人華僑から送られた、二人が暮らした家が孫文記念館として一般公開されています。
最近展示内容がリニューアルされ、3階まで豊富な資料で革命家の一生を紹介しています。

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by haichaolu | 2008-02-17 20:03 | 建造物