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2011年3月、上海。皐蘭路-思南路界隈:ロシア教会

皐蘭路を西に進むとすぐに思南路と交差します。
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そのまま思南路を渡り皐蘭路を西に歩くと、右手に租界当時のロシア教会の建物が見えてきます。

現在、上海でアクセス規制を受けていないgooブログ「上海下町写真館2010」を継続しています。

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by haichaolu | 2011-09-16 17:55 | 建造物

2011年3月、上海。皐蘭路-張学良故居

復興公園の西側の細い出入り口を出ると、皐蘭路(gaolanlu)が始まります。
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旧フランス租界の古い建築物をいくつか見ることができます。

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by haichaolu | 2011-09-14 17:09 | 建造物

宋慶齢物語(4)宋慶齢陵園

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彼女は死後、南京の皇帝陵のような中山陵に夫と埋葬されるより、生まれ故郷の上海で両親の元に静かに埋葬されることを望んだそうです。
ここを訪れてからご紹介する今日まで、上海の歴史の糸を手繰っていると順序が前後して、ずいぶんと時間が経ってしまいました。

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入園する。→→→続きを見る。
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by haichaolu | 2008-02-24 09:31 | 建造物

上海を最初に形創ったユダヤ系一族

和平飯店は現在改装休業中で残念ながら中を見ることはできませんが、1929年竣工の11階建て建物は外灘でも有名な歴史的建造物のひとつです。
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これは19世紀末から20世紀初頭にかけて上海を形創ったユダヤ系英国人サッスーン一族が建設した当時最高の建物でした。

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by haichaolu | 2008-02-22 18:57 | 建造物

宋慶齢物語(2)孫中山故居

辛亥革命の後、孫文は1912年南京で中華民国の臨時大統領に就任しました。
宋姉妹の父は印刷業で成功し孫文の革命資金を援助していた関係から、当初長女の靄齢が孫文の英文秘書をしていましたが、彼女の結婚を期に米国留学から帰ったばかりの慶齢がその職を交代しました。
孫文の革命に対する理想を尊敬し、やがてそれが愛へと変わり、父親の反対を押し切って1915年、袁世凱に追われた孫文の亡命先日本で結婚式を挙げました。その時孫文49歳、宋慶齢22歳でした。
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1918年にカナダ人華僑から送られた、二人が暮らした家が孫文記念館として一般公開されています。
最近展示内容がリニューアルされ、3階まで豊富な資料で革命家の一生を紹介しています。

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入館する。
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by haichaolu | 2008-02-17 20:03 | 建造物

宋慶齢物語(1)景林堂

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「宋家の三姉妹」は小説や映画にもなり、ご存知の方も多いと思います。
中国清朝を倒した辛亥革命のリーダー孫文の妻で、宗家の次女宋慶齢(Song Qingling)のゆかりの場所をこれから数回に分けご紹介します。

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by haichaolu | 2008-02-16 13:11 | 建造物

思い出の「留学生通り」上海交通大学(4)

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「留学生通り」は留学生会館前の通りで、私が勝手につけた名前です。
期末試験も終わり、3月の新学期が始まるまでは、今は人通りも多くありません。
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by haichaolu | 2008-02-11 19:20 | 建造物

白い仏像(玉仏寺にて)

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仏像にはあまり興味のない私ですが、白い仏像は珍しいし正直美しいと感じます。
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工芸品としても十分価値があると思いますね。
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by haichaolu | 2008-02-10 11:28 | 建造物

豫園の春節準備

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豫園商場では毎年春節前に恒例の飾りつけがあります。
今年は大雪で節電が呼びかけられていますので、夜のライトアップがなされるのか心配です。

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商場に入る。
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by haichaolu | 2008-02-06 18:10 | 建造物

虹口区界隈(15)-西本願寺跡:日本租界の夢の後

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手元資料によれば既に1883年武昌路380号に西本願寺別院上海分院が開設され「東本願寺」と呼ばれたとあります。
そして乍浦路にあるこの建物西本願寺は、日本人の設計により1931年に島津工作所が建てました。
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今は旅館やネットカフェに使用されているようですが、扉は閉まっていました。
優秀歴史建築に指定されていますので、恐らく壊されることはないでしょう、安心しました。
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表通りの壁のレリーフには菊の文様があります。
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こちらは2軒隣にある、西本願寺の僧侶が住んでいたといわれる建物です。
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by haichaolu | 2008-02-05 12:45 | 建造物