カテゴリ:建造物( 70 )

修復中の聖三一堂(紅礼拝堂)-「100年に一度」に遭遇!

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聖三一堂は1847年にイギリス人が創建しましたが、度重なる不吉な出来事に1862年に撤去再建されました。その後1893年にも増築されましたが文革中に宗教活動は中止させられ、今は区の所有となっているようです。
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看板にもあるように現在改修工事中ですが、偶然撮影チャンスに恵まれました。

よい子の皆さん、決して叔父さんの真似をして危険なところでは写真撮影をしないで下さいね。

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工事現場に入る。
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by haichaolu | 2008-03-02 16:19 | 建造物

上海孔子廟-文廟:上海の学問の神様

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現在の中華路は上海城の城壁を撤去し造られたため、環状路になっています。
従って、この中華路の内側が旧上海と言えますが、豫園やここ文廟も旧上海城の中に含まれますので外灘よりはずっと歴史はあります。
南宋時代は「梓潼祠」と呼ばれ、元代に上海県が設置され孔子廟として正式に文廟が建立されましたが、現在の形は1855年の再建との事です。(入場料大人10元、学生5元!)

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文廟に入る。
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by haichaolu | 2008-03-01 19:16 | 建造物

上海のイスラム教会-小桃園清真寺

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宗教は民族の証であり絆でもあり、そして誇りです。今でも色々な民族の宗教建造物が上海に残されています。
1917年にイスラム商人が1.2万元の寄付を募って最初のイスラム教会を建立しましたが、教徒が増えたため更に5万元の寄付を集め拡張しました。
楼上にある「1343」はイスラム暦で、西暦だと1925年になるそうです。

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by haichaolu | 2008-02-29 14:05 | 建造物

上海のもう一つのロシア教会-東正大教堂

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先に思南路近くにあるロシア教会をご紹介しましたが、今日は「もう一つある」ロシア教会です。
盧湾区界隈-思南路 [2008-02-12]
中国資料によると「八カ国連合軍の中国侵犯後、清国政府は帝政ロシアに教会の建設を認めた」とあります。
映画「北京の55日」にもなった、1900年の義和団の乱以降を指しているのでしょう。
余談ですがこの映画には欧米の有名男女優に臆せず、若かりし日の伊丹十三氏も出演しているんです。(1963年、古いなぁ)
闸北区にあった1901年創建の教会が1932年の上海事変で消失したため、寄付を募って1934年にこの場所に建てたとあります。
典型的な古ロシア式教会で、屋根には5個のドーム形尖塔が十字形に配置されています。

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by haichaolu | 2008-02-28 12:39 | 建造物

宋慶齢物語(4)宋慶齢陵園

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彼女は死後、南京の皇帝陵のような中山陵に夫と埋葬されるより、生まれ故郷の上海で両親の元に静かに埋葬されることを望んだそうです。
ここを訪れてからご紹介する今日まで、上海の歴史の糸を手繰っていると順序が前後して、ずいぶんと時間が経ってしまいました。

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by haichaolu | 2008-02-24 09:31 | 建造物

宋慶齢物語(3)宋慶齢故居

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1949年から北京へ活動拠点を移した1964年以後も「上海の我が家」として過ごした家が、宋慶齢故居として一般公開されています。
参観券に入場時間が刻印されます。(大人15元、学生10元)
その時間になったらガイドが各部屋を案内してくれますので、それまで入り口の小部屋で紹介ビデオを見て待ちます。

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by haichaolu | 2008-02-23 20:13 | 建造物

上海を最初に形創ったユダヤ系一族

和平飯店は現在改装休業中で残念ながら中を見ることはできませんが、1929年竣工の11階建て建物は外灘でも有名な歴史的建造物のひとつです。
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これは19世紀末から20世紀初頭にかけて上海を形創ったユダヤ系英国人サッスーン一族が建設した当時最高の建物でした。

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by haichaolu | 2008-02-22 18:57 | 建造物

鉄は熱い内に打て(趁熱打鉄)上海交通大学(5)

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交通大学の校章にもなっている「飲水思源」のモニュメントで、
「水を飲む時は水源を思う:現在の幸せの根源、人の恩をいつまでも忘れるな」と言う意味だそうです。
後ろは1930年築の第一宿舎で今でも学生寮として使われており、1932年の上海事変では傷病兵病院としても使用され、ここで宋慶麗も活躍しました。
でも、これを見るとどうしても「鉄は熱いうちに打て」と言う諺を思い出しますね。
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1年半で使った教材と「学生証」(学生割引が使える!)を記念に撮影しておきました。
後列は入学前に日本で勉強した(はず?)の教材や、中国で購入した辞書類です。
CANONさんの電子辞書とSONYさんのMP3には大変お世話になりました。m(__)m
熱いうちに打たなかったつけが今頃来ています。
しかし、中国語のレベルはまだまだです。(ーー;)

思い出の追加
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by haichaolu | 2008-02-18 19:30 | 建造物

宋慶齢物語(2)孫中山故居

辛亥革命の後、孫文は1912年南京で中華民国の臨時大統領に就任しました。
宋姉妹の父は印刷業で成功し孫文の革命資金を援助していた関係から、当初長女の靄齢が孫文の英文秘書をしていましたが、彼女の結婚を期に米国留学から帰ったばかりの慶齢がその職を交代しました。
孫文の革命に対する理想を尊敬し、やがてそれが愛へと変わり、父親の反対を押し切って1915年、袁世凱に追われた孫文の亡命先日本で結婚式を挙げました。その時孫文49歳、宋慶齢22歳でした。
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1918年にカナダ人華僑から送られた、二人が暮らした家が孫文記念館として一般公開されています。
最近展示内容がリニューアルされ、3階まで豊富な資料で革命家の一生を紹介しています。

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by haichaolu | 2008-02-17 20:03 | 建造物

宋慶齢物語(1)景林堂

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「宋家の三姉妹」は小説や映画にもなり、ご存知の方も多いと思います。
中国清朝を倒した辛亥革命のリーダー孫文の妻で、宗家の次女宋慶齢(Song Qingling)のゆかりの場所をこれから数回に分けご紹介します。

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by haichaolu | 2008-02-16 13:11 | 建造物